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理科離れ対策に「博士」の先生増員 [ 教育, 記事 ]

asahi.com:理科離れ対策に「博士」の先生増員を 学術会議が要望 - 教育

またとんでもないことを始めようとしている.
「博士」が小学校教員として役に立つとでも思っているのだろうか?
大間違いだ.

学術会議は昨年5月、教育学者や科学者ら13人からなる「教師の科学的教養と教員養成に関する検討委員会」を設けて議論を重ねてきた。秋田喜代美委員長(東京大教授、学校心理学)は「理科好きの教員を増やさないと、理科離れは止められない。教員の科学的教養を高めるようなシステムづくりが必要だ」と話している。

と述べているのにもかかわらず,何故,

子どもたちの理科離れを防ぐために大学院で学んだ「博士」や「修士」の教員を増やすとともに、すべての小学校に理科専任の教員を置くことなどを文部科学省や各地の教育委員会などに求める要望をまとめた。

こういう結論に達するのだろうか?
私には理解しがたい論理展開である.

「博士」というものは足の裏の米粒に過ぎず,所詮は学位である.
「理科好き」だから「理学博士」になれるわけではなく,「理学博士」だから「理科を教えるのがうまい」とも限らない.
そもそも,教育の現場において,「博士」や「修士」といった学位をどのように活かすというのだ?
「博士」はその分野の勉強をしていれば取れるものではない.
どちらかといえば,教育には即時結びつきにくいようなことを研究する.
なのに,何故「博士」の学位を要求するのか?

「博士」の教員を増やすというのは,どうやって増やすのか?
1.博士取得者の教員採用を増やす.
博士を取るにまで至ったものが,小学校の教員になろうとするだろうか?
皆無とはいわないが,相当数に少ないと思われる.
そもそも,どのようにして小学校の教員免許を取得するのだろうか?
少なくとも,東海大学では小学校の教員免許は取得できない.

2.現行の教員に博士取得させる
現実解のような気がするが,途方もない苦労がある.
ここで問題になっているのは,小学校教員が学士ばかりだという点である.
博士を取得するためには,修士から始める必要があるだろうか?
特殊な条件下で博士課程から始めるられることも有り得なくはない.
しかしながら,研究の世界から遠く離れていた人たちが,突然に博士課程に入学し,
しかも社会人博士として研究活動をして,難なく3年で学位が獲れるとは到底思えない.
それでなくても,小学校教員は忙しいと言われているのに.
無茶苦茶である.
それとも,そんな状況下でも学位が獲れるとでもいうのだろうか?
どれだけ現実離れした話が繰り広げられているかが分かっていただけるだろうか.

ところで,私が最も指摘したいのはこれらの話ではない.

「科学的知識は年々高度化しているのに、日本の教員の科学的教養は国際的に劣っているのではないか」などと指摘。教員養成を大学の学部段階から大学院段階に高め、理系の大学院修了者を積極的に採用するよう求めている。

科学的知識が年々高度化しており,教員の科学的教養を高めるために,理系修士卒の採用を積極的に行うそうだ.
ちゃんちゃらおかしいと思わないだろうか.
彼らの論調では「学士卒はダメだ.修士卒を採用しよう」といっている.
その理由が「科学的教養の向上」のようだが,果たしてそうだろうか?
確かに,学士卒と修士卒では,その時点における教養の差があるかもしれない.
しかし,大学を離れ,小学校勤務を続けていたら,どうなるだろうか?
現行教員の科学的教養が劣っている(と感じているらしい)ことから考えても,
小学校勤務を続けていたら,科学的教養は劣ってしまうのではないだろうか.
一時的に優れた教員が欲しいのか,永続的に優れた教員が欲しいのか.
政策が幼稚すぎる.

重要なのはそんなことではない.
小学校教員になった後に,どれ程に勉強をする時間を作れるかだ.
小学校教員が小学校教員足るに十分な勉強の時間を与えなくてはならないし,その機会が必要だ.

昨年度,小学校の理科補助教員をさせていただいた経験に基づいて意見を述べる.
小学校に理科専任教員を配置することには大賛成である.
しかし,その理科専任教員の学位がどうであるかなど,問題外である.
重要なのは如何に楽しく理科実験が行えるかと,小学生に勉強を教えられるかだ.
オレは前者を満たしていたが,後者を満たしていたとは思えない.
小学生に勉強を教えるのが,如何に難しいことかを現場で身をもって思い知るが良い.
大学のTAなんか,目じゃない.全然マシである.
そういう意味でも,専科教員を募集するのではなく,現行教員を専科教員として登用するべきである.
そして,専科教員に相応しい能力を得られるように,再教育プログラムを準備するべきだ.
そのために,近隣の理系大学は協力を惜しんではならない.
オレが勤務していた小学校はすぐ近くにある神奈川工科大学が力強くサポートしていた.
そういう一体感を見せてみやがれ.

なお,専科教員を配置するならば,学級担任からは外さなくてはならない.
副担任ならまだしも.
学級担任になってしまったら,専科教員は何の意味もなくなる.
実験準備をいつやる?
予備実験をいつやる?
教材をいつ作る?
学級担任になってしまっては,そんな時間を確保するのは困窮である.

勤務先の小学校には専科教員が数名おり,理科に限らず,学級を持たない教員として,
教科専任という位置付けで動いていた.
オレは理科補助教員だったから,理科の実験にばっかり参加していたのだが,
専科教員に求められているのは「理科実験」が多かった.
「学級担任は実験準備の時間も無ければ,予備実験をするのも難しい」といっていた.
もしかすると,専科教員がいなければ,理科実験は行われないのかもしれないまで思わせる.

「実験準備なんて前日の夜にやればいいじゃないか」と思ったあなたは平和ボケ.
小学校でそんなことをしたら,次の日の朝はピリピリものです.
好奇心の塊の小学生が珍しい実験器具を目にしたら,どうなると思うか.想像に難くない.
だから,実験準備は実験開始の直前にしか,できないし,やらない.
そのための専科教員だし,理科補助教員だった.

個人的な意見を述べると,理科補助教員をもっと推進するべきだと思う.
厚木市独自の制度のようだが,全国に普及することを期待する.
理科補助教員なら,あくまで補助教員なので,主教員がつくことになる.
小学生への教育や指導は学級担任が行い,理科補助教員は実験に専念する.
博士と助手みたいな感じだろうか.
昨年度,理科補助教員をやっていて,この関係が一番安心できた.
いきなり「単独で小学生に理科を教えなさい」と言われても,無理だ.
補助だからこそできることもある.


まとめ:
理科専任の推進は大賛成.
「博士」「修士」の理系教員を増産する案には猛反対.
理科補助教員制度の全国的な導入を進言.
なお,理科専任を各小学校に配置するのならば,各小学校に3名は置いて欲しい.
4~6年に各1名ずつ必要だと思う.
そのぐらいの本気さがないなら,そんな政策は推し進めなくてもいい.